風に抗え
「飛ぶ」、あるいは「翔ぶ」。
この文字を目にすると、
前向きな意味が思い浮かぶのが一般的だ。
身をかがめ、脚に力をためこみ
重力に逆らって、己が肉体を宙へと運ぶ。
その行為に人は、
未来という、不確実な時間へと踏み出す姿を重ねる。
そこに自分が望み、求める結果があるはずだという期待。
その望む結果を、自分の力で実現していくんだという決意と情熱。
そして、先のわからない不安を振り切る勇気。
これらをイメージするから、きっと前向きな意味につながるのではないかと思う。
「より高く」、「より遠く」という修飾語がつくと、
その意味はさらに強くなる。
ではその「より高く」、「より遠く」飛ぶ行為を
競技として追求しているものたちは、どうか。
競技として「空を飛ぶ」ことと、
社会の中で、日常を生きることの両立。
それは決して、希望にあふれ、ポジティブなことばかりではない。
誰もがそうであるように、
様々な現実の壁にぶつかり
悩んだり悲しんだり、腹を立てたり、
様々な感情が交錯させながら、
彼ら、彼女らは競技場に立ち
より高く、より遠く、空へ飛び出していく。
まして今は、人類が未知のウイルスに直面し
かつてないほど「日々を生きること」が揺さぶられ、
その未曽有の日常の中で
「空を飛ぶこと」の追求を余儀なくされている。
例えば彼は、シーズン直前、
それまで勤めていた会社を解雇された。
大学卒業時、現役続行の機会を与えてくれ
これまでも支えてくれた会社だったが
コロナ禍には堪えられなかった。
彼は失業保険を受け取りながら
試合に出場し続け
3月からは介護老人ホームでアルバイトを始め
生活の糧を得ながらジャンプを続ける。
「何がなんでも(北京五輪のシーズンになる)
来シーズンまではやります。」
内藤智文(古河市スキー協会)、28歳。
11日の大倉山の大会では今季初の表彰台(2位)に上がり
13日の「第32回TVh杯ジャンプ大会」に臨む。
右は11日の大会を制した渡部陸太(東京美装)。
今季大倉山初優勝を含む2勝。コツコツと力をつけてきた。
茨城県を拠点に活動する彼。
関東にも放送されるこの大会の結果は
ひょっとしたら、今の状況を好転させる
きっかけになるかも知れない。
そんな彼を
「未来へ向かって飛ぶ」などと
前向きな印象だけが響く言葉で表現するのは
軽くて、無責任な気がする。
風に抗う―
この表現のほうがふさわしい気がする。
抗え、自分を取り巻く、様々な風に。
身体を遠くに運んでくれる優しい風ならば
その風を生かすように抗う。
非情に地上へとたたきつける厳しい風ならば
その風に屈しないように抗う。
風を選ぶことはできないが、
自分の肉体と技術と感性を駆使し、抗う。
「飛ぶ」競技であると同時に
「落下し、着地する」競技である
スキージャンプという競技のそんな本質を
今年もまた、見届けたいと思います。
「第32回 TVh杯ジャンプ大会」
2月13日(土)午後4時から放送です。
今年も実況いたします。
解説はおなじみ、長野五輪金メダリスト・原田雅彦さんです。