日常の一滴
8月24日、
ファイターズ対イーグルス戦が行われた札幌ドームは
ちょっとだけ特別な夜となりました。
北海道移転15年目を記念した企画、
「北海道日本ハムファイターズ15thプロジェクト」の演出の一つ、
「あの名場面をもう一度」に参加してきました。
北海道内各放送局がこれまで中継してきた
過去のファイターズ戦の試合の中から
印象に残る試合やシーンを各局が選び、
その試合を実況したアナウンサー自身の
「生実況」で球場内に再現するというもの。
生実況といっても、
既に起きてしまった出来事を編集した映像を見てしゃべるので、
正確に言うと、「スポーツ実況のトーンで、ライブのナレーションをする」ということです。
ライブのナレーション、ということは「一発勝負」。「テイク2」はありません。
さらに、顔のすぐそばにはカメラがあって、
しゃべっている最中の自分の顔が札幌ドームの巨大なビジョンに映し出されている...。
なかなかプレッシャーを覚えるシチュエーションです。
試合開始前、3塁側スタンドのステージ上にて事前告知。
これまたビジョンに映し出され、音声は大音量でドームに響き渡る。
普段はリラックスしてぼんやり眺めることも多い風景なのですが
当事者となると見える風景もまるっきり風景も変わります。
出番は、3回ウラ終了後のイニングインターバル。
予め編集された映像を渡されているので事前に何度か練習はしているのですが、
なんともむずむずとした落ち着きのない感覚の中で
試合を追いながら、そのときを待ちました。
場所は札幌ドーム4回の、コントロールルーム。
試合の進行にあわせ、ビジョンへの映像や音声を送出するところで
まさしく、プロフェッショナルな技術集団の仕事場です。
なかなか普段はお邪魔できないのですが、
このときは整然と仕事を進める様子も垣間見ることができました。
レアードのタイムリー3ベースと清宮のタイムリーが出て
ファイターズのリードが広がったところで
3回ウラ終了。
試合の盛り上がりに水を差さないことを祈って、さあ本番。
...時間にして約1分。
記者席から撮影した磯田アナが画像を送ってくれました
あっという間です。
普段の業務としてやっている、似たような「ライブのナレーション」と
特段変わった感覚はなく務め上げましたが、
終わってみて、「今、ずっと自分の顔がビジョンに出てたんだよな」と
ことの重大さに気づき、少々背筋が冷たくなりました。
コントロールルームの皆さんがパラパラと(涙)拍手をしてくれて、
(このあたりの気遣いがまた、プロフェッショナルです)
慰められたというか、救われたというか、
我に帰って、記者席に戻りました。
偶然にも、北海道新聞で執筆しているコラム、
「GoGoファイターズ」の
この日の朝刊掲載の担当だったので
イベントの告知も兼ねて、自分が思うことを書かせていただきました。
プロ野球には、それを観戦する人の暮らしに寄り添う力がある。
過去の名場面を眼にするたびに
その当時の出来事や感情や鮮明に湧き上がる体験から
ずっと思ってきたことで、
今回はまさしく、それを身体全体で味わう体験となりました。
ちょっとうれしいことがありました。
試合前、長らくファイターズで、ファンサービスの最前線に立ち、
球場に足を運ぶファンの心情に接し続けてきているあるスタッフの方から
「暮らしに寄り添う力という視点は、すごく共感します。
普段からファンの方の声を聞いていて、本当にそう感じることは多いです。
そういう仕事をしているんだなと、改めて身が引き締まりますね」
というお言葉をいただきました。
その方の普段の仕事ぶりも、まさにプロフェッショナルです。
この日もそうでした。
今回の企画で選んだ試合は
2008年4月8日の、対イーグルス3回戦。
当時のスコアは、もちろん大事に残っています。
チーム名のところがまだ鉛筆書きなので
仏像で言えばまだ眼を描いていない状態ですが
生実況をする上で、このスコアを眺め
いろいろなことを思い出し、また再発見しました。
もちろん当時の自分の身の回りの出来事や、心情とともに。
あれから10年。
その試合を生実況で紹介させてもらったこの日の試合のスコアも、
もちろん書きました。
いつか、このスコアを見返して
「この日は、生実況したんだよなあ」と思い出すことを想像し、
ほんの少し、丁寧に。
今回の体験を通じて改めて思います。
プロ野球の試合のその一つ一つは、
当事者でなければ、
いろいろなことに巻き込まれながら過ごしている日常の中では
小さな滴(しずく)のような存在かも知れない。
でもその滴は、少しづつ、少しづつ集まって
いつの間にか清流となり
自分の心を潤してくれる、かけがえのないものになる。
そんな不思議な、しかし確かな力が備わっているような気がするのです。
きょうも、プロ野球がある日常に感謝。
そしてスポーツがある日常に、感謝。
たくさんの潤いの中で、私たちは生きていると実感しています。