爪を研ぐ、夏。
我が家の猫たちも
くたびれたクッションのように
フローリングの床の上にへたりこんで動かない。
北海道らしからぬ暑さの中、
この天気が最も似つかわしくない場所へ取材に行く。
札幌・宮の森ジャンプ競技場。
国内のトップジャンパーがそろう
恒例の「札幌市長杯サマージャンプ大会」。
この日、8月6日は
朝から人工芝のランディングバーンに強い日差しが照りつけ、
本来は選手のスキーを滑りやすくするための散水が
心地よい冷水シャワーのように見える。
ちなみに...選手たちが着用するジャンプスーツは
空中で少しでもスーツ内に空気をため込み
浮力を得ようと作られているため
後ろ(背中)の部分の気密性が高く、
熱がこもりやすい。
しかも最近は過剰な空気のためこみを防ぐため
身体に密着した(選手の身体の実寸+2センチ)スーツになるよう
ルールで規制されているので
より熱がこもってしまう。
ただでさえ「寒冷地仕様」で育っている
雪国出身のジャンプ選手たちにとって
この条件は相当過酷だ。
この日、男子成年の部を制した
ソチの銅メダリスト・竹内択(北野建設)は
飛び終わり直後の優勝インタビューを
上半身裸の姿で受けていた。
「(普段の練習拠点である)長野より涼しいと思ってきたのに
札幌、暑すぎでしょ」と、苦笑いしながら答える彼の、
冬場の試合なら絶対に見ることのできない
その上体を見て、
スキージャンプの選手たちが
この時期、いかにシーズンに備えて
陸上トレーニングで身体づくりをしているのか
改めて気づかされた。
そう、この日、この地に集ったジャンパーたちにとっての
"主戦場"は、今とは正反対の季節。
雪と冷気に包まれた冬であり、
夏はいわば「雌伏」のとき。
冬の来るべきときに向けて、
力を蓄え、爪を研ぐ時期なのだ。
この日の朝、
リオデジャネイロ五輪の開会式が行われた。
彼の地にいるアスリートたちにとって
4年間の、いやそれ以上の
人生をかけた集大成の時間の幕が開いた。
彼ら、彼女らは、この宮の森の
夏真っ盛りの青空の彼方の空の下、
蓄えた力のすべてを「出し尽くす」時を迎えている。
そしてここには、"その時"に備えて
雌伏の時間を過ごす者たちがいる。
対極の時間を過ごす者たちが
どちらも、同じ空の下にいるのだ。
翌7日は、大倉山での札幌市長杯ラージヒル大会。
この日は前日以上の暑さで
またまた、"散水祭り"状態。
そしてこの日、いよいよ真打ち登場。
「レジェンド」葛西紀明が今季ラージヒル初戦に臨む。
今季始動以降、
試合どころか、練習でも1本もラージヒルを飛ぶことなく迎えた
文字通りのぶっつけ本番でありながら、
1本目125.0m、2本目126mと
きっちり2本のジャンプをそろえて2位。
「風が安定しなくて上(ゲート)でだいぶ待たされて
汗でぐしょぐしょになっちゃいましよ。
でも、サウナスーツ着てガンガン走ってますから
何てことなかったですけどね」
と、レジェンド節も健在。
そしてその汗まみれの上半身からも
じっくり、冬に備えて爪を研いでいる
夏のトレーニングの充実の度合いが伺えた。
今回、ここに集いし鳥人たちが
研いだ爪でメダルという「獲物」を狩るときは
2年後...いや、もう1年半後に迫っている。
爪だけでなく、感覚、野性を研ぎ澄ました、
彼ら、彼女らは冬の空に
どんなアーチを描いてくれるのだろう。
そんなことを思いながら家に帰ると、
我が家の猫たちは相変わらず暑さにやられて
爪を出すことさえ忘れたように、
床に這いつくばっていた。
やっぱり道産子は、暑さは苦手だよね。