若気の至り
先日、家で探しものをしていたら
初々しくも青臭く、ちょっと恥ずかしい記憶が蘇るものに
再会してしまった。
サッカーJリーグ・名古屋グランパスのネクタイ。
まだ「名古屋グランパスエイト」という呼称の時代。
(運営法人は設立時からこの名称だが、
名称としては2008年から「名古屋グランパス」となった)
チームのマスコット「グランパスくん」がボールを蹴っている姿が
かなり目立つ、
日常のファッションとして身に着けるには
ちょっと勇気のいるデザイン...。
購入したのは、名古屋での前職時代。
「Jリーグ元年」の1993年、
初のJリーグ中継のときだったような記憶がある。
新しいプロリーグの始まりに気持ちが昂ぶり、
中継の前日あたりに、
近所のスーパーで買ったと思う。
現在は「オリジナル10」と呼ばれる、
初年度にJリーグに参入した10クラブ、
全てのネクタイが売り場に並んでいた。
他のクラブのものも、似たようなデザインだった。
「これから中継する度に相手チームのも買っていって、
10本全部そろえたいなぁ」
などと、訳のわからない希望を抱いてレジに並んだことだけは
妙に鮮明に覚えている。
そこから、何かの熱にうなされたように、
サッカーネクタイの収集が始まり、
その一部も、今回、家の中から「発掘」された。
94年のカズ・三浦知良がアジア人初のセリエAプレーヤーになったとき、
在籍していたジェノアのネクタイ。
同年、ドーハの悲劇で日本が出場を逃した
アメリカワールドカップのネクタイ。
いったいどんな時に身に着ければいいのだろう...。
98年、今度はカズがクロアチア・ザグレブに移籍すると、
それを追いかけるように探し出し...、
中田英寿がASローマで
日本人初のセリエA優勝メンバーになると、
それに合わせて探し出し...
(前所属のペルージャのものも探したが見つけられず、
地団駄を踏んでいたような記憶がある)
こんな調子で集めたものが、
衣装棚の片隅で眠っていた。
(つまり、まだまだある、ということです)
なぜ、こんなことに夢中になっていたのか。
自分のことながら正直、謎なのだが、
あえて、その心中を推察するなら、
当時、サッカーというものを
自分の仕事の「ど真ん中」にしたい、という気持ちがあって、
サッカーに「身を捧げている」証のようなものを
自分なりに作っておきたかった...のかも知れない。
今の自分が、当時の自分に会ったら、
こう言うだろう。
「そんなことする時間があったら、
サッカー実況の勉強に使えよ」
まあ、当然の反応だろう。
仕事の本質に入り込めず、
ただ形から入っているやつ、と映るだろう。
それを、若気の至りという。
でも、そんな恥ずかしさを思い出すのも
今の自分の足元を見つめ直すためには
時に、必要なのかも。
6月4日のコンサドーレ戦中継では、
サブアナで放送席に。
なんだこの赤黒の縦じまのネクタイは。
タオルハンカチも持っていたのか。
全然反省してないじゃないか。