二刀流
...と書いたら、多くの人が真っ先にあの選手を思い浮かべるが、
今回取り上げるのは、彼じゃない。
彼のように「活きのいい若者」ではない。
どちらかというと、円熟味を増してきているプレーヤー。
そして、円熟期にあるからこそ選択した二刀流であり、
意義深い判断だと思う。
バスケットボール・レバンガ北海道の
桜井良太選手、33歳。
2007年にときのリーグ王者・トヨタ自動車から
できたてのプロチーム、レラカムイ北海道(現在は消滅)に移籍。
三重県出身の彼にとって、
北海道は縁もゆかりもない、
まさにバスケットボールをするためにやってきた土地だった。
高い身体能力を生かしたスケールの大きなプレーで
日本代表選手として、様々な国際大会に出場。
もちろん、チームでも絶対的な選手。
アグレッシブなプレースタイルゆえ、ケガも決して少なくないのだが、
とにかく休まない。
2015-16シーズンは実に「リーグ戦400試合連続出場」という
大記録も達成。
さらにキャプテンとして、チームを初のプレーオフに導いた。
「バスケット選手」という一本目の刀は、かなりの太刀である。
そんな彼が腰に差した二本目の刀は
「バスケットスクールの指導者」
しかも「運営会社の社長」も兼ねている。
トップリーグのプロチームの現役、しかもバリバリの中心選手が
ジュニア指導のために独自のスクールを持ち、
シーズン中も休むことなく、年間を通して直接指導を行う。
これまでのバスケット界では先例のない、
初の試みである。
すでにスクール生の募集は始まっているが、
5月26日、開校の記者会見が行われた。
「次のシーズン(2016-17)で
北海道に住んで10年目になる。
このタイミングで新しい挑戦をしたいと思ったんです」
という桜井選手は、スクール設立の動機をこう語る。
「今まで、日本代表やチームで
いろんな国の指導者に触れて、
自分がいかに能力任せでプレーしてきたか、
こんな考え方や、こんな技術を
早い段階で身に着けていたら、
もっと簡単にバスケットができたのに、と
思うことが多かった。
これからの子どもたちに、そんな思いをさせたくないと
いう気持ちが一番ですね」
資料として配られたパンフレットの表紙
具体例として、こんな体験を挙げた。
「ウルタド(レバンガ前HC。スペイン出身)さんに
ヨーロッパでもトップの国である
スペインのバスケを教えてもらったんですが、
これだけトップリーグでもやっているのに
『スペインなら小学生でもできる』ことができなかった。
言われてみれば、特別なことではなかったんですが、
とても実践的で、細かな部分でした。
どんな技術が必要で、どう考えればいいか、
そうしたことに気づけるような指導が
早い段階で必要なんだなと思いました」
さらに、別の視点の夢もある。
「単にコート上の技術を教えても、
伸びしろには限界があります。
体のケアやトレーニングの知識、栄養の知識など、
全体的なことに関する様々な知識が
小さいときから頭に入っていれば、
先々、大きな助けになるので
そういうことも教える機会を持ちたいんです。
それと、当面は僕ひとりで指導しますけど、
ゆくゆくはスタッフを雇って、
プロのコーチとして自立できるような人材を出していきたいです。
日本のバスケ指導は、これまでは教員が中心だったけど、
Bリーグが始まり、バスケット界全体が
プロになっていく中では、
新たなコーチのあり方も求められるようになると思うので、
将来的にはその面も担えるものに
なっていければ、という希望もあります」
「全てのコースを桜井コーチが担当し、直接指導します」の文字が
6月からコースが始まり、
シーズン中も指導は行われる。
「試合翌日の、今までオフだった時間を使うことになります。
メニューを考えたりすることで、
最初のうちは気疲れすることもあるでしょうね。
また、試合を観に来て、バスケを外から考える機会を持つのも
レッスンにしていいと思ってます。
現役選手だからできる指導にもなると思います」
現役選手として指導をするということは
専任とはまた違った責任も出てくるだろう。
プレーという「生きた教材」を
高いレベルで示し続けなければならないのだから。
オフの時間の使い方も変わるから、
身体のケアなども、一層気を遣うことになるだろう。
それも含めての二刀流の選択には、
バスケット界全体と、北海道のバスケ界を
広い視野で見て、行動する
「バスケット選手としての成熟」がみてとれる。
プレーもそうだ。
9年前、北海道に来たばかりのころは、
群を抜く身体能力で縦横無尽にコートを疾走した
華があって魅力的だが荒削りな印象だった。
今は、泥臭く献身的で、チームにとって「効く」プレーが中心。
コート内外でこうした姿を見せられる選手は、
北海道のスポーツ界全体の進化にとっても
貴重な存在になるだろう。
場所は札幌市東区の「スウィング89」
「自分の娘さんが、入講したいって言ったら?」
という質問には、
「バスケやりたいって言えば、考えますけど...」
とパパの笑顔で答えた桜井選手。
これからも北海道に根を下ろして、
彼にしかできない足跡を残していって欲しい。