会社魂のたましいVol.27 はしもと(札幌市)
名古屋から北海道に来て、10年と半年。
札幌の街のあちこちを
興味津々できょろきょろしていた当時に
よく目に留まっていたのが
「ごまそば」の文字の看板。
うどん文化の名古屋では
少々物足りなさを感じていたそば好きとしては
「ごま」と組み合わさった「そば」の文字は新鮮だった。
本州ではほとんど見かけない、
北海道のローカルフードといえるぐらいの
オリジナリティを持つ、ごまそば。
(意外とそのことを知らない人が多いのだが)
その存在を視覚でまず伝えた看板が
黄色い「ごまそば鶴喜」であったと記憶している。
「はしもと」は、その「ごまそば鶴喜」を
札幌圏で10店舗展開する飲食チェーン。
ルーツは、1968年創業の小樽の製麺所。
当然、麺全般を扱っていて
そばはその一部であったという。
職人気質の創業者・長男(おさお)氏は
1978年に、一つの決断のもと、直営店を出す。
「自分たちの作ったものを、自分たちの店で食べてもらう」
そのとき選ばれたのが
「ほかの麺より技術的なクオリティが高く、
優位性が持てるから」
ということで「ごまそば」だった。
「製麺所の息子に生まれたんですけど、
小さなころは正直、そばをそんなにおいしいとは
思わなかったんですよね」
と笑う、橋本毅社長。
「中学生のころから店の厨房を手伝っていて、
『ずっと、俺はここで生きていくな』って直感した。
自分の居場所は、この厨房の中にある、って
思いました」
その思いに忠実に、のちに橋本社長は上京。
入った店は、ロシア料理店。
ぐんぐん腕を上げ
「かなり格式のあるとお店に
紹介してあげようというお声がかかったんです。
あのままいったら、僕の人生は
どうなっていたんでしょうね」
厨房という空間に
自分の人生をかけようとしていた橋本社長だが、
呼び戻され、会社経営に携わることに。
製麺主体から、飲食店中心の路線を選択したが、
そのときに、従来の伝統的そば店とは異なる
新たな方向性を打ち出した。
「気軽に」「待たせず」「おいしく」食べられる
現在の「鶴喜」のスタイル。
多様なセットメニューも、そのときに打ち出した。
「界隈に昔からあるそば屋さんも
いいとは思いますけど、
そば通の常連さん向きで、ちょっと敷居が高いと
感じる方も多いと思ったんです。
もっとそばを身近にすることで
幅広い客層を取り込みたかった。
もちろん、そば屋としての味の質は落とさずに」
このとき、橋本社長は
厨房の中で学んだ経験を活かす。
「お客さんを待たせない作業スピードで、
かつ、茹でたてのそば、揚げたての天ぷらを
提供する厨房システム。
これを構築するのに、エネルギーを使いました」
「上半身をひねるだけで、次の行程に橋渡しができる」ように
厨房内にすき間なくスタッフがいる配置。
「一人の熟達した職人と、見習い」という構図をとらず
「どの行程でも、どのスタッフでもできるような」教育。
そしてメニュー開発も、
そのシステムを遂行できることを前提にしている。
「以前、ロシア料理とのセットメニューも考えて、
実際に出したこともあるんです。
好評だったし、私も思い入れはあったんですけど
残念ながら、長くは続けられませんでした」
「ターゲットに沿った、効率的な店舗経営」を
忠実に実行しているように見える橋本社長。
しかし時折、「厨房の男」の気質が顔をのぞかせる。
「そば屋ですから、そばがうまいと言われなきゃ
話になりません。
効率面では無駄なように見えることでも
そばを美味しくいただいてもらうために
必要なことは省きません。
“面倒くさい”ことを惜しんじゃいけないということは
肝に銘じてます」
あんまり頑固すぎる職人も困るときはあるが
そばを食べるときは、
やっぱりこういう職人のこだわりに
どこかしら触れたいと思うもの。
それもまた、そばの味わいの一部だなと思う。
秋です。新そばの季節です。
そば好きでなくても「そばごころ」をくすぐられる
「はしもと」の会社魂は
9月29日放送のけいざいナビ北海道で。