メダリストが思い出させてくれたこと
もしも自分に才能があったら、
もしもこの世界に、もっと早く出逢っていたら、
こんな人生を送れたのに。
憧憬と嫉妬が入り混じる感情を味わえる出会いは幸福だ。
今月3日、
札幌ドーム内外を使用した1周2キロの特設コースを
6時間、チームでタスキをつなぎながら走り続けるという
「6時間リレーマラソン」の会場MCを担当した。
大会の特別ゲストは
アトランタ、シドニー両五輪のマラソンで銀、銅メダルを獲得、
日本の実業団で力をつけ、現在は市民ランナーの視点で
ランニングの楽しさを伝える“伝道師”、
ケニア出身のエリック・ワイナイナ選手。
オリンピックのマラソンメダリストを間近に見るだけでも
元(というより遥か昔)陸上部員としては畏れ多いのに、
トークショーまでさせてもらった。
月並みな質問、とは承知しつつも、
聞き入っているスタンバイ中のランナーたちの真剣な眼差しに応え
「日常生活との両立させながら
速く走れるようになる、コツのようなものはありますか?」
メダリストの答え。
「普段の生活の中で、トレーニングをすればいいんですよ。
例えば歯磨き。
歯磨きしながら、両脚をそろえて、つま先を上げ下げする。
ふくらはぎに負荷をかけるトレーニングをする。
歯磨きは皆さん毎日やることですよね。
だからトレーニングも毎日できる。
外出する前に、姿見でファッションをチェックしますよね。
そのときに、腕振りのフォームチェックをする。
畳の縁を利用して、まっすぐに足を運ぶ動きを確認する。
やること、いろいろありますよ。
トレーニングウエアを着て、シューズ履いてからがトレーニング、だけじゃないです。
ちょっとした時間を使えば、
一日の中で、けっこうなトレーニングの量になりますよね。
それを毎日やったら、きっと速くなります。
もちろん、続けることが大事。
続けるためには
“どうやったらいいフォームで、速く走れるかな”って
いつも考えていれば、いつでもトレーニングできますよ」
目標を達成させるのに“特別な魔法”はない。
日常の中の、意識の積み重ね。
オリンピックという「特別に高い頂」を見た人だからこそ
より説得力がある。
「言葉で仕事をする人間に、“オン”“オフ”の区別はない。」
新人の頃、先輩に言われたことだ。
その理由は
「とっさに出る“ひとこと”が、アナウンサー生命を左右する。
家族としゃべる、仲間としゃべる、ひとりごとを言う、
自分の口から言葉を発する、その全ての行為が
アナウンサーの仕事に直結しているから」
普段から「見れる」「食べれる」とは言わない。
普段から「全然大丈夫です」は使わない。
普段から「マジですか?」「なにげに」と言ってしまった自分を恥じ、戒める。
それを「面倒くさい」とか
「私は切り替えられるから大丈夫」と思う人は
この仕事には向かない。
一応、今も守っているつもりです。
ワイナイナ選手は、こう続けた。
「“どうやったらいいフォームで、速く走れるかな”って
いつも考えるってことは、それを考えることが楽しいからです。
しんどかったら、いつも考えることは、できないですよね。
走ることを楽しみましょう。ムリしちゃダメですよ」
走ることは、そこまで心から楽しめなかったけど、
しゃべることは、大丈夫、楽しんでます。
柔らかな笑みを絶やさず、
ランナーたちにエールを送り続けたワイナイナ選手。
偉大なメダリストは
ランナー以外の人の背中も
優しく押してくれました。