杜の風を,思い出した日
北海道に住んでからは、
なかなかお見かけすることがなくなったその風景が
このところ頻繁に目に入る。
おかげで、胸の奥のほうに「片づけておいたはず」の思いが
顔を出した。
東京・明治神宮外苑。
大都市のど真ん中にありながら
緑にあふれた異質な空間は
いつも周囲とはちょっと違う時間が流れている。
JR総武線・信濃町駅を降り、
東京体育館の敷地を抜け、
テニスの壁打ちに汗を流す人たちを横目に見ながら
いつものように、そこに向かっていた。
明治神宮野球場。
東京六大学野球、春、秋のリーグ戦。
内野特別指定・800円の券を買い、バックネット裏へ。
無駄に大きなカバンの中から
ラジカセ(!)を取り出し、ピンマイクとイヤホンをセット。
スコアブックを膝の上に乗せ、録音ボタンを押し、
プレイボールから実況の練習。
1試合しゃべり終わっての遅い昼食は
売店の黄色いカレーライスか天ぷらそば。
席にもどり、2試合目もしゃべる。
となりをみると、別の大学のアナウンス研究会の連中が
3人一組となって練習している。
こみ上げてくる、理由のわからない嫉妬心。
2試合目が終わると、もう辺りには夕闇が迫っている。
秩父宮ラグビー場。
関東大学ラグビー対抗戦。
30人の男たちがひしめき合う戦いを
バックスタンドで、懸命に追いかけ、しゃべる。
バブル華やかなりし80年代末、
大学ラグビー観戦は、若者のファッションだった。
となりでは、デートを楽しみに来たカップルが、
冷ややかな視線を送っている。
彼らも、きっと大学生。
同じ時間を、全く違う使い方をしていることに、
ノーサイドの笛がなったときに気づく。
国立霞が関競技場。
ワールドカップイタリア大会アジア予選・日本対北朝鮮。
まだ、Jリーグという言葉すらない頃。
サッカーの国際試合を観戦するハードルは、驚くほど低かった。
大学野球と同じレベルで
実況の練習をしようと当日券を買い、バックスタンドへ。
異様な興奮状態のスタジアムに、
国の誇りを懸けた戦いという意味を初めて知り、
出しかけたラジカセをしまった。
いつも、試合が終わると
ひんやりとした風が吹いていた。
コンクリートではなく、杜を抜ける風ならではの質感。
あの風を感じるたびに、いつも思っていた。
「俺の1日は、これでいいのかな―いや、これでいい…はずだ」
同居する、将来への夢と不安を抱えながら
いつも通っていた、あの杜には
いつも同じ風が吹いていた気がする。
「思えば、そんな日々の中にこの身を委ねていたんだなあ」
20年以上の時を越え、思い出させてくれた
白にエンジのユニホーム姿の彼は、
もうすぐ、北海道にやってくる。
あの頃とは違う、ワクワクとドキドキを、
どうか味わわせてくださいと、
爽やかな笑顔を見せる、画面の中の彼につぶやいてみた。
神宮の、あのひんやりとここちいい風ではないけれど、
札幌ドームに、新たな風を、吹かせてくれ。