ペダルをこぐ、その姿に思う
会社のビルの窓から下の道路を何気なく見ていたときのこと。
行き交う車の流れの中、1台の自転車が軽やかに会社の前を走り抜けていくのが見えた。
ペダルをこいでいるその人には、見覚えがあった。
かつてドラフト1位でファイターズに入団し、ローテーション投手としてシーズン2ケタ勝利を挙げたこともあった。北海道移転前、「Fs」ロゴが左胸に入った縦じまユニホーム時代、輝きを放った選手だった。今、グラウンドに立つ姿を見ても、現役選手たちを見るのと同じような「憧れ」を感じる存在の人だ。
その人は今、ファイターズのバッティングピッチャーをしている。
本拠地で試合があるときは、いつも自転車で通っている。
そして、自転車通勤をしている人は、その人だけではない。
バッティングピッチャーやブルペンキャッチャー、トレーナーやスコアラーといった
プロ野球業界で「裏方さん」と呼ばれる役割の人が乗っている自転車は、
札幌ドームの関係者入り口周辺のスペースに、何台も置いてある。
彼らは毎日、どの現役選手よりも早く球場に向かい、試合前の練習ではどの選手よりも多くの汗を流し、試合中も様々な形で一緒に戦っている。
さらに、選手が練習したいと申し出れば、彼らに付き合い、早朝、深夜を問わず、ともに汗を流すことも、ごく普通のことのようにこなしている。
自転車通勤をするのは、そんな仕事を支える肉体を維持するためということが大きい。
以前、あるコーチから、こんな言葉を聞いた。
「我々はプロだから、苦労している様子、努力している姿をお客さんに見せてはいけない。試合は発表の場であり舞台。舞台を見に来ている人に、お金を払うに値するものだけを提供するのが、我々の仕事です」。
その言葉は真理である。
しかし一方で、こんな事実もある。
マリナーズの城島は、ホークス時代に「目標はチームを勝たせること。それ以外にはない。なぜなら、勝てば、まわりのすべての人が報われるから」と言った。
2006年、07年、ファイターズが連覇したときに森本が何度も口にしたのは「優勝して、裏方さんたちが喜んでいる姿を見て、本当によかったと思った」という言葉だった。
「舞台」に立つ選手たちを支えるのは、オーディエンスには知られることのない「裏方さん」たちであることを、そこに生きる人たちは、身に染みて知っている。
そして、そうした世界を取材している人間も、当事者ほどではないにせよ、知っているつもりではいる。いや、知らなければ、心に留めなければならないことである。
6月の札幌。梅雨の本州とは別世界の爽やかな空気の中、きょうも彼らは自転車を走らせる。
その風景を思うたび、大切なことが、自分のこころを、走っている。